クリスマスプレゼント

 ほんの少し、有希と喧嘩した。ホント、いま思い出すとくだらない喧嘩。他人から見ればなんでそんなことでそんなに怒るのかと、不思議になっちゃうような理由の喧嘩。
 今日はクリスマス。恋人同士のクリスマスで、恋人のいない私は一人、自室で冬休みの宿題をちろりちろりとするクリスマス。今日はクリスマスらしい曇った日で、天気予報では今日夜もしかしたら雪が降るかもしれません、カップルには最高のクリスマスになるでしょうって言ってた。カップルにとって最高でも、独り身にはたんなる日常でしかないのに、町にでれば盛んにクリスマスをアピールしてて、居心地が悪い。クリスマスバーゲンはありがたいけれども、カラオケの特別料金はちっともありがたくない。私は家で一人宿題をするようなクリスマスだけれども、有希にとっては人生初の、彼氏とすごすクリスマスだ。うまくいけばいいなと思うけど、同時に、寂しく感じる。
 私と有希は家がお隣同士で、よくいう幼馴染だ。赤ちゃんのときからの友達。幼稚園も小学校も、中学校も高校も同じ学校に行っちゃうくらいの友達。夏にお祭りがあれば一緒に行ったし、他校の学校祭があれば二人して自転車を漕いで行ったし、クリスマスになれば互いにプレゼントを用意して交換した。まったく喧嘩をしないわけでもないけれども、喧嘩してもすぐ仲直りできるような友達。私の自慢の友達。私よりもずっとかわいいけれど、成績は私のほうがちょっと上。背は私のほうが少し高いけれど、声のトーンは有希のほうが少し高い。いつも一緒にいて一緒に笑って、まるでホンモノの姉妹みたいねって両親に言われちゃうくらい、一緒にいた。
 去年のクリスマスは、まさか有希に恋人ができるだなんて、思ってもいなかった。毎年のように、クリスマス一色の町で買い物して、そのあと互いに用意したクリスマスプレゼントを交換して、町で買ってきたケーキを食べた。去年は有希が欲しがっていたグロスをあげて、有希は私が欲しかったネイルをくれた。これでとびっきりかわいい女の子にならなきゃねって、有希は笑ってた。そのとき、有希はクラスの徹也くんが好きなんだって、私に話してくれてた。噂では徹也くんも有希のこと、好きなんだっていわれてて、二人が付き合うのはいつなんだって、周りがやきもきしてた。みんな将来のことを考えるよりも人事の恋バナを知りたくて、退屈してた。
 徹也くんは去年、私と有希と同じクラスの一男子で、サッカーが上手な子。クラスで一番かっこいいってわけではないけれど、お姉さんがいるためか、女の子の扱いが上手だなって、私は思ってた。スポーツマンでもないし、がり勉でもない、話しやすいクラスの男子。有希と席が隣になったことで、私と有希と徹也くんは、何か話すことがあったら仲良く話せるくらいに、仲がよかった。徹也くんと話すようになって私はすぐ、ああ有希のことが好きなんだなって、気付いた。いつも有希をまっすぐ見る、その目の輝きっていえばいいのかな、その一直線な感じで、気付いた。
 有希が徹也くんを好きだって知ったのは、去年の学校祭が終わる頃。なんとなく好きなのかもしれないって、学校祭が終わった帰り道に、私に言った。

「もし綾ちゃんが徹也くんのこと好きだったら、私に遠慮なんてしないでね」

 有希は私のことを気遣って、そんなことも言ってた。私は別に徹也くんのこと好きなんかじゃないから、別に気にしなくていいよって言ったけれど、少し寂しかったし、有希のことをずるいとも思った。
 恋愛小説の中である、先に好きだと宣言して相手をけん制する、そんな恋愛テクニックを、有希が使っているかのような気がしたから。
 実際、私は徹也くんに対して好きとか愛してるとか、恋愛感情を抱いてはいなかった。でも、人としていい人なのかもしれない、とは思ってた。それを好意と表現すると思うのだけど、有希にとってはそれは恋愛感情なんだと、去年の夏に指摘されていた。夏休み入る前の、学期末テストが終わった頃。そうなのかなって疑問を抱きながら、夏休みが終わってまた日常が始まって、学校祭があって、有希の宣言があった。有希は、私に徹也くんのことを好きだって宣言する前から、きっと好きだったのだろう。きっと私と徹也くんのことを話すあの夏のときから。もしかしたら、一目惚れだったのかもしれない。だから、好意を抱いている私をけん制したんだ。私がきちんと徹也くんを好きになる前に。そう考えると、有希が大人の女性にどんどん近づいていっているような気がして、少し寂しかった。いつまでも、子供のように一緒ではいられないのだと、思い知らされたような気がした。
 有希が徹也くんに告白したのか、それとも徹也くんが有希に告白したのか、私は知らない。ただ、有希に突然、徹也くんと付き合うことになったって言われただけだ。二人が付き合うようになったのは、今年のクラス替えがあったときだった。始業式の帰り道、今年も一緒のクラスになれてよかったねって、有希に笑いかけたら、いきなり言われた。

「私、徹也くんと、付き合うから」

 ゆっくり、私に確認をとるかのような言い方だった。私はびっくりして、ほんとうならいろいろと尋ねるべきだったのかもしれないけれど、何も言葉が出なくて、ただ、そっかーよかったねって、それだけ言った。それだけしか言えなかった。有希と徹也くんは相思相愛だった。有希に徹也くんのことが好きって聞かされたときからそのことを知ってたくせに、付き合うって知って改めて、二人は相思相愛だったんだって、きちんとわかった。その日の帰り道はそれから特に何か話すこともなく、いつも二人ですごしたイベントは、もう私と有希の二人で参加することはできないんだって、家に帰って自室で私服に着替えながらぼんやり思った。
 私の予想通りに、有希は徹也くんといっしょにいろいろなイベントに参加し、私はイベントそのものに興味を抱かなくなった。だって有希といままで一緒だったのに、一人でイベントに参加して、一体どんな楽しみがあるんだろう。私にはそれがわからない。わからなかったから、どのイベントにも参加しなくなった。私と有希は、二人が付き合うようになってから、表面ではいつもどおり、仲良く話すけれども、デートで何があったとか、どんなことをしたのかとか、そういう話はしなかった。聞くのが恥ずかしかったし、有希はそれらの話を避けているかのようだった。




 勉強に飽きて外を見ると、いつの間にか雪がちらりほらりと降り始めていた。積もらなそうな、儚げな雪だ。風が吹いているのか、少し勢いのある雪だけれども、確かに、こんな雪の降るクリスマスは、カップルにとって最高のクリスマスになるのかもしれない。私は机の側に置いていた、赤と緑のにぎやかな包装紙に包んでもらった有希へあげる予定のクリスマスプレゼントを見た。中身は、真っ白のロングマフラー。二人して首に巻けるくらいの、長いマフラー。売り場のポップには、彼氏さんとずっと一緒にいたい人へって書いてあった。きっと有希は喜んでくれるだろうなって思ったから、用意したけれど、今年は去年のようにプレゼントを交換することなんて、ないかもしれない。そんな事実を思ったのは、プレゼントを買って家に帰ってきてからだった。
 有希はとってもいい子だと思う。いままでずっと側にいた私が思うのだから、間違いない。有希は数学が苦手で平均点も取っていないことがあるけれど、お菓子を作るのが上手で、バレンタインには私によくお菓子を作って持ってきてくれた。私が風邪をひいたときには、学校のプリントを家まで持ってきてくれて、その日授業で習ったことを書きまとめたノートを見せてくれた。私が親と喧嘩して泣いているとき、慰めてくれた。忘れ物をしたときは貸してくれた。手を繋ぐと、温かい気持ちになれた。そんな有希のことを、徹也くんが好きになるのは当たり前だ。
 私はいい加減、家で一人勉強しているのが辛くなって、外に出た。雪が顔に落ちて冷たく、風が凍てついていて耳や鼻がじんじんとする。町に行くのはなんとなく躊躇われたから、家の近くにある公園で、ホット紅茶でも飲んで家に帰ろうと思う。一日中机の前で、あれやこれやと勉強していたから、丁度いい運動になる。今日はこんな天気だからか、いつもなら公園に行く途中、ウォーキングしているおばさんとか、犬の散歩をしているおじさんがいたりする時間帯なのだけれども、歩いている人はいない。もしかしたら、みんなクリスマスを一緒に過ごす人がいるのかもしれない。道にはただ、誰かがポイ捨てしたであろうビニール袋がかさかさと風で飛ばされていったり、遠くで誰かの家の犬が吠える声が聞こえるくらいだ。ぜんぜん積もる気配のない雪が、ただ自然の摂理で降っていることが、なぜだか腹立たしい。
 有希と喧嘩したのは、昨日だ。理由はささいなもの。でも私にとってはショックだったこと。私と有希が中学生のとき、どこの高校に進学するかを話し合った。そのとき、一緒の大学に行こうねって、約束したんだ。指きりをして。中学のとき、私の将来の夢は中くらいの大きさの出版社で働くことで、有希の将来の夢はウェディングプランナーになることだった。将来の夢は違うけど、ずっと一緒にいようねって、誓ったんだ。私は、中学のときの約束がずっと続いているものだと思っていたのだけれども、有希にとってそれは、じょじょに重荷になっていたようだった。昨日、私は何気なく、今後のことを話した。中学のときの約束を確認するために、私は訊いたんだ。

「ねぇ、大学、どこに行く?」

 昨日は終業式で、明日から冬休みだねってはしゃいだ後での、会話だった。今日の帰りの会で、高校二年生は今後の進路を考えておくように、と担任の先生が言った。三学期からは全国模試を受けたりしなくちゃいけないし、もし就職するのならそのための準備をしなくてはならないし、先生の言うとおりだと思った。だから私は、気軽な気持ちで言ったんだ。

「一緒の大学に行こうね」

 私は有希が中学のときと同じように、頷いてくれるものだと思ってた。でも、違った。

「私、徹也くんの行く大学に、行きたいな」

 有希がぽつりと言った。私が思わず聞き返すと、有希は同じことを言った。どこの大学って尋ねると、県外の大学で、私の聞いたことのない大学だった。

「徹也くん、そこの薬学部に行きたいんだって」

 有希は優しい声で、教えてくれた。徹也くんの夢や、徹也くんの目標を。私もそこの薬学部で勉強したいなって、話す有希を見て、悲しくなって腹が立った。なにそれって思った。なにそれ。気がついたら、口に出ていたみたい。なにそれ。有希がびっくりした表情で、私を見ていた。だって、そうじゃん。薬学って、理系の分野で、有希は文系でまず行けないのがわかってるし、有希は数学が苦手でこの間のテストでも点数悪かったし、そもそも薬になんの興味も抱いてないし、それなのにただ彼がそこに行くっていう理由だけでそこを選ぶなんて間違っているし、それに、それに。どんどん言うだけ言って、その間、どんどん有希の表情が硬くなっていくのがわかったけれども、止められなかった。それに、私との約束はどうなるの。

「綾ちゃんが言うのはもっともだけど、私の進路なんだから、私の勝手じゃん」

 有希に、今にも泣きそうな、それでいて怒っている声でそう言われて、しまったと後悔した。でももう言ってしまった。引き下がれなかった。有希が怒って駆けていってしまったのを、引き止めることも、追いかけることもできなかった。




 ぼんやりと考え事をしていると、あっという間に公園の側まで来ていた。公園の回りをぐるっと膝丈のレンガが積み上げられていて、ある一角に自動販売機が設置されている。私はその自動販売機に小銭を入れ、ホット紅茶のボタンを押し、両手で缶を包んだ。指先がじんと痛む。予想以上に体は冷え切ってしまったようだ。いま鏡で自分の姿をみたら、顔色真っ青、かもしれない。顔に缶を押し付けて、もうこのまま家に帰ってしまおうか、と考える。こんな寒空の中、あったかいものを飲んだって、意味がない。
 そのとき、ふっと公園の中で動く人影があった。自然とそちらに視線が向かう。こんな寒空の中、何をしてるんだろう。まず見えたのは、白のオーバーコート。見たことがある。あれは、有希のオーバーコートだ。それと、ああ、きっとあれは、徹也くん。抱き合って、顔を近づけた。有希は小さく背伸びして、徹也くんは背を丸める。あ、キス。
 私はもと来た道を走った。体が硬くて思うように動かない。缶が重くて仕方ない。でも、がむしゃらに走った。普段こんなにも一所懸命走ることなんてないから、思わず躓く。とにかくこけないように注意しながら、車に引かれないように注意しながら、走った。息があっという間にあがって苦しい。でも、走った。頭の中で、なぜか用意したクリスマスプレゼントを思い出す。真っ白のロングマフラー。彼氏とずっと一緒にいたい人へ。彼氏とずっと、いたいだろう。でも私は? 私は、どうなるの?
有希は本当に、徹也くんの行く大学を、目指すのだろうか。そんなとこ、行けるはずはない。だって私は有希の成績を知ってるから。まるで夢物語だ。昨日私が言ったこと、私は間違っていたとは、思わない。けれども、有希を傷つけてしまった。有希にとって今一番大切なのは、徹也くんなんだ。だからもしかしたら、有希は行ってしまうかもしれない。有希はいい子だから、きっと最大限の努力をするだろう。だから、行ってしまうかもしれない。私を置いて。
 自室まで一気に駆けてドアを勢いよく閉めた。遠くでお母さんがうるさい、と言ったような気がするけれど、気にしない。気にしてなんかいられない。呼吸はなかなか治まらなくて、苦しい。缶の温かさなんて、全く感じないくらい、体温は上がってうっすらと汗をかいている。はやく着替えなければ、風邪をひいてしまうかもしれない。でもそれがいったいなんだというのだろう。赤と緑の包装紙にくるまれた、クリスマスプレゼントが視界にはいった。
 ふと、思った。有希は、私が去年あげたグロスをつけていたのかな。とびっきりかわいい女の子になって、今日のデートに臨んだのかな。彼の好むような恋愛テクニックを身に着けて、キスしたのだろう。幸せになって欲しいけれど、悲しかった。
 気がついたら、少し、泣いてた。